2014年09月05日

ミューズ シルヴィ・ギエム

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20代の時見たギエムの「ボレロ」は何年の公演だったのか昔過ぎてわからなくなってしまいました。
20世紀バレエ団?世界バレエフェス?ベジャール・ガラ?
ネットで検索してみたら、おそらく1986年のパリオペラ座来日公演の時のよう。

就職するまで某チケット会社で働いていたこともあり、自宅に居て家賃を払う必要がなかったのでお給料のほとんどを舞台・コンサート・観劇に費やしていた20代始め。いわゆる一流と言われるものをかたっぱしから経験しようとよく知りもしないくせにウイーン・フィルなどの海外有名オケ、今は亡きシノーポリ、クライバーや、来日オペラ公演などなど、平気で大枚はたいていました(もちろんRCも)。親からは身分不相応の贅沢だ、などとよく叱られていたけど、現在とてもそんな贅沢が出来る状況にないので、あの時の散財は間違ってなかった、と今はすごく思います。
そんなわけでバレエもその頃は結構見に行っていたのですが、当時は多くの人と同じく、映画「愛と哀しみのボレロ」で初めてジョルジュ・ドンの「ボレロ」を見て感動し、ジョルジュ・ドン「ボレロ」のチケットの争奪戦に負け、他の演目しか見れず、その時はシルヴィ・ギエム「ボレロ」はそれほど期待していたわけではありませんでした。お恥ずかしいにわかバレエファンの私。

来年彼女がとうとう引退するとニュースで聞いてFBにそのことを書いたら、友人が東京バレエ団50周年記念公演で来日するギエムのチケットをとってくれ、友人のおかげで、ギエムの踊りに再会することができました。(ありがとうございます!)

21歳のギエムと50歳目前のギエム。自分が歳をとったからかもしれないけど、今回の彼女は昔見た時よりさらにさらに美しかった。天から舞い降りて来たような、海から生まれて来たような、人のかたちをしたミューズ。

巨大なエネルギーと光がステージに降りてくる・・。クールな外見と内包されたエネルギーの放出、ほんとうに神々しい。使い古されたコトバでしか書けない自分の表現力のなさ・・。

ボレロを踊るのはダンサーにとって多大なプレッシャーに違いありません。踊る人を選ぶ、技術的なものより圧倒的な存在感、際立った表現力が求められる。きらびやかな舞台装置も衣装もなく、明確なストーリーが存在しなく、中央のダンサーに視線が1点に注がれてしまう怖い演目。(バレエに詳しくない私がこんなこと書くのもおこがましいのは重々承知ですが)

メロデイーとリズム、静と動、暗と光、生と死、エロス・・・「ボレロ」は、見る人それぞれのストーリー、メッセージを受け取ることができる作品だと思うけれど、今回自分にとって新たなストーリーを発見できた、それが本当にとても嬉しかった。もう踊らないと封印していたボレロを、震災後すぐに、日本でだけ解禁したギエムの意思がほんの少しだけわかったような気がしました。

ステージの上でも、そして来年ステージを降りても彼女自身が「芸術」そのもの。憧れの人。

来年さよなら公演を日本でもしてくれるとのこと、チケット入手は再困難だろうけど、絶対に行こう。



posted by shimizu_noriko at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 etc, | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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